
2026年8月20日で、スマホ版『PONO(ポノ)』はリリースから丸2年を迎えます。
今年(2026年)は、PONOにとって大きな意味を持つアップデートを数度行いました。
その結果、「PONOとは、どんなアプリなのか」「私は何を目指してこのアプリを作っているのか」を、以前よりもずっと分かりやすくお伝えできるようになった気がしています。
そこで今回は、
アップデート内容の振り返りとともに、
PONOが大事にしている“美学”
について、お話ししてみたいと思います。
※「美学」とは、自分や物事の、生き方や基準のことです。
この記事は、PONOの遊び方を説明するものではありません。PONOという作品が、なぜ今のような形になっているのか、その設計思想を説明したものです。
2026年の主なアップデート内容
“美学”とはまた大げさな……!
との声もあるかもしれませんが、そのあたり、けっこう私、本気で取り組んでいますので、興味のある方は、ぜひこのまま読み進めていただけたらと思います。
ゲームに美学?!
それも、こんな単純なゲームに?!
……おもろいやないか。
こういった方でしたら、なお一層、楽しく読めると思います。(笑)
まずは、2026年のアップデート内容から振り返っていきます。
……では、スタート。
❶ 機種変更時のデータ引き継ぎが可能に
今年3月のアップデートでは、機種変更をしても「日々のクリア数」のデータが持ち越せるようになりました。
PONOでは、「プレイすることで、頭がスッキリ、クリアになる」ということで、「日々のクリア数」がカレンダーで確認できるようになっています。
※このクリアには、指示の「クリア」と、頭を「クリア」にする、の2つの意味を重ねています。
……ではなぜ、このわりと早い段階で、「日々のクリア数」のデータ引き継ぎ機能を搭載することにしたのか?
それは、『PONO(ポノ)』というアプリ(ゲームであり玩具)の、今後の方針を決定づけるためです。
PONOのカレンダーにクリア数が表示されると言っても、別に(作者として)毎日プレイしてほしいわけではありません。
たくさんプレイしてほしいわけでもありません。
このカレンダーは、あとから振り返ると、日記などとは違う形で日常を振り返ることができるんです。
PONOでは、その楽しさを提供できたらと思っているのです。
たとえば、「あぁ、このときは、仕事が暇だったから、たくさんPONOをプレイしたなぁ」とか、「しばらくは忙しかったから全然プレイしてなかったなぁ」みたいなことを振り返ると、ちょっと楽しいじゃないですか。
日々が愛おしく感じるじゃないですか。
でも、そんな記録がかんたんに消えてしまうと……寂しいじゃないですか。
……そんなわけで、PONOには「データ引き継ぎ機能」を早い段階でつけるべきだと思ったのです。
記録は、日々、積み重なっていきますからね。

❷ 新モードが追加され、より多様な遊び方が可能に
5月のアップデートでは、「リズムモード」と「背水の陣モード」が追加されました。
「リズムモード」は、
・3拍子
・2+3拍子
・4+3拍子
といった3つの中から選べます。
よくあるリズムゲームのように、リズムに合わせてボタンを押すのとは違い、指示に従ってスイッチを切り替えることが、そのまま、リズムを刻むことになるモードです。
「背水の陣モード」は、その名称こそ独特ですが、こちらはよくある、ミス(PONOにおいては“お手つき”)をするとゲームオーバーになるモードです。
PONOは本来、“終わらないゲーム”であり、終わらないからこそ、“瞑想(動的瞑想)”できる、といったゲーム。
しかし、あえて、こうしてゲームオーバーを設けたモードを加えることで、ゲーム性を高めています。
PONOは「感情を揺らさない、淡々としたプレイ感覚」が、魅力のひとつではありますが、誰だって、たまには“一喜一憂”したいものです
失敗したら「あぁ〜〜ッ!!」と叫ぶのも面白いです。(笑)

❸ 操作音とその音量の選択が可能に
8月のアップデートでは、スイッチの操作時に出る音を5種類の中から選べるようになりました。
それまでは、カーソル移動音のような「コツッ」という音が鳴るだけでしたが、新たに採用した5種類の音は、どれも音の立ち上がりが早い「アタック音」(物体が衝突した際の鋭い音)です。
その結果、スマホアプリでありながら、小さな実機の玩具を手で触っているような感触に、一歩近づけることができました。
また、スイッチの操作音量が「消音」を含めた5段階から選べるようになりました。
反応速度もこれまでよりいくらか早くなっており、より快適に遊べるようになっています。

❹ さらに3モードが追加され、何と124通りの遊び方が可能に!
8月のアップデートでは、ここへさらに、
・「リズムアタック」
・「背水のリズム」
・「背水の陣・激辛」
といった3つのモードが加わりました。
内容は、以下の通り。
| モード名 | 内容 |
| ★ リズムアタック | 「タイムアタックモード」と「リズムモード」が合わさったモード。「制限時間」と「拍子」を選んでスタート。 |
| ★ 背水のリズム | 「リズムモード」と「背水の陣モード」が合わさったモード。「拍子」と(お手つきの)「上限回数」を選んでスタート。 |
| ★ 背水の陣・激辛 | 通常のお手つきに加え、このモードでは、捨てる操作からしないと、お手つきになってしまいます。※このあと別途説明あり |
「リズムアタック」「背水のリズム」……と、いよいよ、PONOのことを知らない人が聞いたらワケ分からない言葉が登場してきました。(笑)
しかし、これも実は狙い通りでして、のちほど詳しくご説明いたします。
ここまで、モード数を増やしていることにも、実はちゃんとした意図がありまして、これものちほどご説明いたします。

こうしたアップデートによって、現在のPONOは、7つのモードと、細かい分岐の選択肢をすべてカウントすると、124通りの遊び方が楽しめるようになっています。
| モード名 | 分岐の数 |
| 通常モード | 4 (基本の表示方法4種) |
| タイムアタックモード | 4×3=12 (表示方法4種 × 制限時間3種) |
| リズムモード | 4×3=12 (表示方法4種 × 拍子3種) |
| 背水の陣モード | 4×3=12 (表示方法4種 × お手つき上限3種) |
| リズムアタック | 4×3×3=36 (表示方法4種 × 拍子3種 × 制限時間3種) |
背水のリズム | 4×3×3=36 (表示方法4種 × 拍子3種 × お手つき上限3種) |
背水の陣・激辛 | 4×3=12 (表示方法4種 × お手つき上限3種) |
– | 合計:124通り! |
※「リズムアタック」「背水のリズム」「背水の陣・激辛」に関しては、完全なる造語ですので、あえて呼称に“モード”をつけていません。
なぜモードを増やすの?なぜ新モードは隠されているの?そこにある美学
そんなにたくさんいらないんですけど……。
せっかくの新モードなのに、どうして隠してあるの?
との声も聞こえてきますが、それでもいいのです。(笑)
いえ、むしろ私は、その感想が出てくることを狙っているのです。
……それはなぜか?
ここからは、〈PONOの美学〉と銘打って、スマホ版『PONO(ポノ)』に込めている想いと構想について、深く、しつこく、分かりやすく、お話ししていきたいと思います。(笑)

〈PONOの美学〉主体性を持ってほしいからこそ、あえて選択肢を増やす
ぼーっとできる遊びには「主体性」がある
私はよく、
PONOは、道に落ちている「ボルトとナット」のようなものです。
と人に話します。

「ボルトとナット」、これは私がイメージする“手遊び道具”の代表格です。
「小学生の時、道に落ちていたボルトナットで、授業中に手遊びをしていた記憶」が、実は、PONOのアイデアに結びついています。
手遊びをしていると、何だか落ち着いてきて、先生の話を聞いていないようで、実はとてもリラックスして話を聞けていた気がするなぁ……。
という記憶が、PONO具現化の原点なんです。
私がここでいう「手遊び」、それはつまり「ぼーっとする遊び」です。
ぼーっとする遊びって、ほんの少し“ルール”を作っているじゃないですか。
ボルトとナットで言えば、指で弾いて勢いよくシャーッ!と回して、ここまで行ったら成功、これくらいの位置で止まったら成功、みたいな。
(本当はこうして文面にもできないレベルで、頭の中で何となく決めてるだけなんですけど。)
……そこには「主体性」があるのです。
誰から教えられたわけでもなく、誰から指示を受けたわけでもなく、何となく、自分自身で決めたルール……と言ったらいいでしょうか。
どう遊ぶかは基本、「自由」なんです。
(※「主体性」=自分の意志や判断に基づき、その結果の責任まで自分で負って行動する性質や態度のこと。)
なぜなら、そもそも、もともと遊ぶためのものでもないボルトとナットを使った遊び方なんて、決まっていないし、あるとするならば、極論、それは無限にあるから。
……その中で、何となく、自分で決めている、それが大事。
たとえば、“ストップウォッチを10秒ちょうどで止める遊び”をしたことありませんか?
……そう、あんな感じです。

他にもいろいろと例を挙げるならば……
- 横断歩道の、白の部分だけを踏んで渡る遊び
- 車止めの上を歩いてどこまで行けるか試す遊び
- 川に石を投げて水切りをして、アノあたりまでいったら成功とする遊び
……こういう感覚です。
皆さんも、きっとどこかで“覚え”があるでしょう。
「主体性」あってこその「自由」
「自由」とは、「主体性」が発揮されることです。
「主体性のない自由」、それは単なる「放置」です。
「主体性」を発揮するためには、無限の可能性、無限の選択肢……つまり、“選ばない選択肢”も必要なんです。
これ、実は、遊びのみに限ったことではありません。
私はこの人と結婚した、自分で選んだ。
あの人を選ぶこともできたけど……。
私はこの学校を選んだ、自分で選んだ。
あの学校を選ぶこともできたけど……。
この2つのセリフを見ると、よく分かりませんか?
他にも選べる選択肢があったからこそ、主体性が発揮できたのです。
また、
お金はあるけど、使わない。
この2つはまったく違いますね。
あるほうには選択肢があり、ないほうには選択肢がありません。
……つまり、選択肢がないと、主体性が発揮できません。
ここで、PONOに立ち返ります。
PONOには基本、終わりがなく、プレイ画面左上のチェックマークを“自分の意思”でタッチすることで、終わることができます。
プレイでは毎回、主体性が発揮されることになり、逆に言えば、主体性がなくては遊べない、ということになります。
PONOの遊び方は、自由です。
どんなふうに遊ぼうが、自由です。
音楽やラジオを聴きながらプレイしようが、
いつどれくらい、どんなモードでプレイしようが、自由。
認知症予防のためにプレイしようが、
テスト前に心を落ち着けるためにプレイしようが、
心を無にしてひらめきが降りてくるのを待つためにプレイしようが、
……すべて自由。
「自由」であるためには、「主体性」を発揮する必要があり、
そのためには、“選ばない選択肢”もなくてはいけない。
このような考え方が、PONOにはあります。
……とはいえ、“本当に無駄な選択肢(誰も選ばないようなモード)”は、作っていません。
各モードで、意図している楽しみ方・面白さが違います。
私としては、実は、各モードを満遍なくプレイして欲しいとは思っていないのです。
タイムアタックばかりをやる人、リズムモードばかりをやる人、背水の陣モードばかりをやる人、いろんな人がいていいと思います。
それぞれの好みや、その時の気分で、モードを選べばよいと思います。
……いろんなモードがあるけど、結局、いつも「ミックス」の「通常モード」だなぁ。
という人もいます。(まさに私です。)
……それでいいんです。(笑)
PONOの各モードの制作意図
| モード名 | 〈制作意図〉 | 公開時期 |
| 通常モード | 基本モード。手を動かしながら、ただただ、ぼーっと没頭(動的瞑想)できます。 | 2024年8月 (※アプリリリースと同時) |
| タイムアタックモード | 制限時間を設けることで「ゲーム性」を高めています。 | 2024年8月 (※アプリリリースと同時) |
| リズムモード | 通常モードとは違うアプローチで「動的瞑想」の効果を高めています。 | 2026年5月 |
| 背水の陣モード | お手つき=即終了とし、タイムアタックモードとは違うアプローチで「ゲーム性」を高めています。 | 2026年5月 |
| リズムアタック | 「制限時間のある中でリズムモードを楽しみたい」というニーズに対して用意しています。 | 2026年8月 |
| 背水のリズム | 「お手つき=即終了の環境下でリズムモードを楽しみたい」というニーズに対して用意しています。 | 2026年8月 |
| 背水の陣・激辛 | これは少し異色。基本ルールを増やすことで、根幹から「ゲーム性」を高めています。 | 2026年8月 |
人は目の前に選択肢が「ある」と認識して初めて、「選ぶ」か「選ばない」かを主体的に決めることができます。他の選択肢の存在を理解しつつ、それらを選ばなかった可能性をいつでも視野に入れられる状態にあるからこそ、「自分が選んだ道」に対して責任を持って進むことができます。
〈PONOの美学〉遊びを創造してほしいからこそ、あえて制作側も遊ぶ
人間だけが「遊びを創造する遊び」ができる
さて、ここまで、「主体性」と「自由」について語ってきました。
ここから、さらにそれらを深掘りしていきます。
人間も含めた動物(いきもの)の遊びには、「追いかけっこ」と「レスリング」という基本形があると言われます。
犬や猫を飼っている人は、実感としてよく分かるのではないでしょうか。
追えば逃げる、逃げれば追う、じゃれる、じゃれあう……という、アレです。
人間の遊びも、よくよく考えるとすべて、どれも「追いかけっこ」と「レスリング」です。
時に「恋愛はゲームだ」なんて言われたりしますが、恋愛って、よくよく考えると、心理的な追いかけっこだったりしますよね。
……で、夜はベッドで「レスリング」をしたりなんかして。(笑)
ただ、人間だけが、「遊び」に対して「ルール」を決めることができます。
そして、新たな遊びを「創造」することができます。
(動物間の遊びにもルールと似たようなものがあるでしょうが、あれはルールというより、秩序のための暗黙の了解でしょう。強く噛みすぎないとか、限界を超えて疲れるまではやらないとか。)

……別に、PONOを楽しんでもらうために、こういうことをすべて理解してほしいとは思っていないのですが、ここ公式ブログでは、PONOが大事にしている美学を記すとともに、どんどんタネ明かしをしていきます。
「背水の陣・激辛」に込めている想い
『PONO(ポノ)』というゲーム(玩具)は、
ちょっとだけ頭を使う、手遊び道具
というコンセプトで作られています。
ルールや仕組みに関しては一応、特許を取得させてもらいました。
- 7セグメント数字の各バーをON/OFFして数字を構築する遊び
- 前の数字を次の数字へ変化させながら連続して遊べる仕組み
- 文字やイラストだけでなく音声など、さまざまな指示方法まで含めて権利化
ですが、ベースになっている「デジタル数字」は、私の発明でも何でもなく、もともと我々の日常生活に密着しているものです。
そのデジタル数字を眺めている時に、私の頭の中で勝手にルールを作って遊んでみた……それがPONOのアイデアです。
ただ、私自身が、
これを単なるシンプルゲームとして、世に送り出したくはない!
と、試作品を特許申請した時から、ずーっと思ってきました。
他の記事でも、PONOにまつわる“哲学”をたびたび語っていますが、私は、このPONOにたどり着くまでの歩みも含めて、その根底にある“思想”をいっしょに届けたいと思っています。
ここで、今年8月に公開された「背水の陣・激辛」に注目していただきたいです。
このモードこそ、もしかしたら「PONOの真髄」と言えるモードかもしれません。
私は、PONOのルールを、単なるゲームのルールとは考えていません。
「人間は、生きていく限り、常に目の前の変化に対応していかなければならない。
そのためには、『活かせるものは活かし、不要なものは手放し、足りないものは手に入れる』ことが必要である。
そんな人生観が、PONOのルールの中に自然と表れています。
だからこそ、「アイデア」に「思想」がくっついてきたのか、それとも「思想」が「アイデア」という形になって現れたのか、自分でも分からないくらいなのです。
そして、その思想をさらに具現化したのが『PONO(ポノ)』の「背水の陣・激辛」です。
このモードは、PONOの基本ルールに新たな制約を加えたものですが、思想的にはさらに一歩深いところへ踏み込んでいます。
それは、
目の前の変化に対応するためには、まず捨てることから始めよう。
捨てなければ、新しいものを取り込むスペースは生まれない。
捨てる勇気と思い切りこそが、すべてのカギである。
という思想です。
つまり、隠しモードとして登場する「背水の陣・激辛」は、単なる高難度版ではありません。
PONOのルールを、思想とともにさらに深化させた、いわば “2段ロケットの2段目” なのです。

「PONO10ヶ条」の4つ目に書いていることは、そのままPONOの基本ルールを表しています。
(❹ 活かせるものは活かし、不要なものは手放し、足りないものは手に入れる。)
これは人生についても同じことが言えます。
このルールと人生との重なりに気づいたとき、「背水の陣・激辛」(捨てる操作を先に行わなければならないルール)の奥深さも、見えてくるのではないかと思います。
自分ルールを正規のルールにする
「背水の陣・激辛」というモードがなくても、通常モードをやる際に、「毎回、捨てる操作からするようにしよう」と “自分自身で決めれば” 、同じように楽しむことができます。
ですが、私はどうしても新しいモードとして「背水の陣・激辛」を “正規に” 搭載したかったのです。
なぜならそれは、このモードを設けること自体が、私なりの「自分ルールを正規のルールにする」という遊び、つまり「遊びを創造する遊び」だったからです。
PONOは、そんな私の、“自由な遊び心” からできています。
「遊び」とは、ルールに従うことであると同時に、ルールをつくることです。
たとえば、スポーツをただ楽しむだけでなく、そのスポーツにちょっとした独自ルール(ローカルルール)をつくって遊んでみたことはありませんか?
「ルールをつくる」とは、「世界を構築すること」です。

地球上にはもともと定められたルールがあります。
重力はこれくらいで、男がいて女がいて、海があって山があって、天気の変動があって……といった感じに。
地球のルールもきっと誰かが“遊び”で考えて作ったのでしょう。
でも、私たちだって、小さなスケールですが、同じような楽しみができるのです。
それが、遊びです。
……そう、私は思っています。
「PONO」は私の頭の中で行なっていた「遊び」を具現化したもの。
「PONO」の制作自体が私の遊び。
だからこそ、しっかり遊ぶ。
……ここまで読むと、
創造するのは作者だけなの?
プレイヤーは、用意されたルールの上で遊ぶだけなの?
そう思われるかもしれません。
でも、実はそうではありません。
そこもまた、PONOの面白いところなのです。
〈PONOの美学〉オトナを満足させたいからこそ、あえて隠す
シンプルだからこそ、創造的に遊べる
先ほど、「124通りの遊び方ができます!」とお話ししました。
とはいえ、アプリでは、それをあえて124通りあるようには見せていません。
同時に表示する選択肢も、迷わず選べる程度に絞っています。
つまり、PONOは意図的に「遊び方がたくさんあるようには見せていない」のです。
だいたいPONOは、もともと超シンプルなゲームですから、そのまま、シンプルなゲームとして受け取ってもらいたい……という気持ちがあります。
でも、遊びの選択肢や幅が広いことにも気づいて欲しい!という願いを込めて、現在のような構造・仕様にしているのです。
おそらく初見の人は、
えーと、ハイハイ、遊び方は分かった。
で、「漢数字」と「ブロック」と「英語スペル」と「ミックス」があるのね、表示方法が変わるだけでルールは同じね、ハイハイ……。
といったふうに理解されると思います。
……ただ、4種類の基本モードと、タイムアタック、リズムなどの遊び方、そして、クリア数が記録されるカレンダー画面などを見ていくと、むくむくと、
だったら自分は、こういう遊び方をしてみようかな……?
という気持ちが起こってくると思います。(私の願望含め。)
たとえば、
「通勤中は、このモードを遊ぶのが自分にはちょうどいいな」
そんな感覚が生まれれば、それはやがてルーチンになり、自分だけのルールになっていきます。
あるいは、
「朝起きたら、お手つきゼロで50クリアするまでは寝床を出ない!」
そんな遊び方をする人がいてもいいでしょう。
そこには当然、「主体性」があり、「自由」があり、「遊びの創造」があるわけです。
(もちろん「ちょっとだけ頭を使う、永遠に終わらないゲーム」なので、考えごとや、瞑想のお供にも最適です。)
PONOとの付き合い方によって、遊び方はいくらでも生まれていきます。
そのような自由な付き合い方をしてもらうためには、PONO自体は、いつまでもシンプルであり続けなければならないのです。
シンプルだからこそ、遊ぶ人自身が、創造的な遊び方を見つけられる
私は、そこにPONOの価値があると考えています。
オトナが遊べる “手遊び道具” の原点を追求
ですから、正直に申して、PONOは一般ウケをあまり狙っていません。
理由としては、「単純作業を繰り返しているうちに、少しずつ心地よくなってくる」――という感覚そのものが、ある意味では少しマニアックだということがひとつあります。
で、もうひとつですが、そもそもPONOは、最初から、
「何かゲームをつくろう」
「オリジナルのパズルゲームをつくろう」
「アプリ用のアイデアを考えよう」
といった発想が起点になっていないのですよね。
あったのは、
オトナが堂々と遊べる手遊び道具をつくろう!
という気持ちです。
デジタル技術を用いてしか実現できなかったアイデアだったために、アプリとして再現できた……それだけです。
そしてそれを実際に遊びたかったのは、誰でもなく、当の私でした。
ゲームとして売り出すなら、演出面を強化するのがよくある方法論ですが、PONOが目指しているのは前述のように「道に落ちていたボルトとナット」ですから、派手な演出や過剰な親しみやすさは必要ありません。
この記事の中で私は何度も「あえて」という言葉を使っていますが、ヒットを狙いつつ(逆アプローチで)“あえて” ということではなく、私が構想してきたことをひとまず具現化するには、地味で、無骨でなくてはならないし、そうでなくては主旨(私自身の願い)を外してしまうからです。
でもだからこそ!オトナの手遊び道具になりうるんです。
いつも手遊び用にクルミを持ち歩くの、なかなかハードル高くないですか?
ルービックキューブや、けん玉を持ち歩くよりは、PONOのほうが何となくスマートで、お手軽じゃないですか?(笑)
それから、無意識のうちにやってしまうクセ、ありますよね?
たとえば、貧乏ゆすり、恥ずかしくないですか?
ついつい爪を噛んじゃいます、畳の目を数えてしまいます……
なんて「おいおい、大丈夫か?」って思われちゃいます。(笑)
オトナが堂々と手遊びできるものがあるといいですよね?
……それが『PONO(ポノ)』なんです。

私は「童話作家」
私はもともと、童話作家です。
「東 君平(ひがし くんぺい)さんの背中を追う人生にしよう!」
と20歳くらいの頃、決めました。
昔話や、短い話、シンプルで奥深いものが好きです。
PONOに込めた思想や哲学、美学まで含めてですが、私が童話創作に接する態度と、ほぼ同じです。
「優しさ」は「易しさ」だと思っています。
私はライターでもあるのですが、言葉を操るときは、いつも、その限界を意識しています。
「分かってもらおう」とするのではなく、「分かった気持ちにさせてあげよう」と思って文章を書いてきました。
なぜなら、分かり方って、何通りもあるし、受け取り方だって何通りもあります。
だから、本質さえわかってもらえばいい……
でも、肝心のその本質は、実は、言葉にならないのです。
だから、何を届けるか……?
それは「何だかよく分からないけれど、何やらあたたかいもの、心の奥がほわっとするもの」です。
先ほども触れたように、別に、PONOを楽しんでもらうために、この記事に書いてあることをきちんと理解してほしいなどとは、まったく思っていないのです。
何となく、プレイするたびに、何かよく分からない温かいものを感じてもらえれば……
プレイするたびに、何かよく分からない温かいものを受け取っているような気がしてもらえれば……
私は、PONOをリリースしてよかったな、長年頭の中にあったアイデアを世の中に送り出してよかったなと、感じるのです。
……以上、こんなに長い記事を、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こんな『PONO(ポノ)』を気に入っていただけたら、うれしいです。
そして、今後とも、よろしくお願いいたします!
「童話作家」として、シンプルな表現で、温かいものを届ける――
物語であれ、ゲーム(玩具)であれ、やっていることはほとんど同じです。

『PONO(ポノ)』は、個人開発だからこそ実現できた、小さな思想から生まれたアプリです。
このたび、スマホアプリ版PONOをご紹介いただいた皆様に、この場を借りて心よりお礼を申し上げます。
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